死者40人、負傷者2,990人、避難総数10万人以上。そして家屋損壊は、前回2,726棟を含む5万棟以上。10月23日の発生から1ヶ月を経過してなお、3,000人以上の方が避難生活を強いられ続けている「新潟中越地震」。最大で7、加えて震度5以上の余震が幾度も繰り返し人々の暮らしを脅かした、過去に例が無いほどの激しい地震発生は、中越地方に恐ろしい爪痕を残しました。
スウェーデンハウスでは、直ちに技術者を現地に派遣し、数多いオーナー様宅の状況調査を開始。未曾有の大災害にも揺るぎ無い耐震性をあらためて確認するとともに、小千谷市・長岡市にお住まいのオーナー様に、地震発生当時のお話を伺う機会をいただきました。地震による被害を繰り返さないためにも、震源地近くで今回の地震を体験したオーナー様の、深い教えに富んだお話を皆様にご報告したいと思います。

※文中の数値は、12月7日新潟県発表の統計より。
       
 
 
 

震源地にごく近い、小千谷市の山沿いにお住まいのM様。「地球が壊れたかと思った。一生に一度だね、こんなこと」とご夫婦がおっしゃるほどその揺れは尋常ではありませんでした。最初は何が起きたかわからないほど混乱して、しばらくしてから「これは地震だ」と気づくようだったとのこと。あまりの揺れにご主人は家の柱にしがみつき、奥様はお部屋の隅に体を寄せて身を固くしていたそうです。「とにかく一発目のがすごかった。ガタガタッ、ドン、と来たからね。いつもみたいに"あ、地震がきたかなぁ"というのとはぜんぜん違う。本棚が、いつも自分の座っている場所に倒れてきた。外に出ようという意識があって移動していたから、助かったようなもんです」その激しさを物語るようにM様邸の前の道路は、表面がうねり、いくつも亀裂が走っています。旧宅の物置も、ゆれで1メートルくらい移動してしまったのを、ジャッキアップして直したそうです。「畑の大根が地面から抜けて、転がってしまうくらい。そりゃもうひどかった」とM様。道路のヒビ割れを見て、ここがちょうど激しい揺れの通り道だったんじゃないかとお感じになったそうです。

 

  最初の地震があった翌日、日曜日(10月24日)の日中は車の中で過ごし、晩にはスウェーデンハウスでお休みになったそうです。「ここ(スウェーデンハウス)はプロパンガスだったから、近所の人には申し訳なうようだったけど、ガスも大丈夫だった」と語るご主人に、奥様も裏に井戸を掘ってもらったんです。その水でお湯も沸かせるし、お風呂も沸かしたんですよ。でも周りの人はまだひどい状態で、あんまり言えなかったら、そーっと入りました。みんながみんなは、うちのお風呂に入れられないですからね」その後1週間ほどは、旧宅で暮らしていた7人のご家族も全員でスウェーデンハウスに移動。広々としたリビングにみんなで布団を敷いてお休みになり、旧宅の方を片付ける生活をされていたそうです。旧宅も多いときは3メートルも降り積もる雪に耐えるよう頑丈につくられた家で、今回の地震の激しい揺れでも建物そのものは無事でした。しかし中の家具はめちゃくちゃになつてしまったそうです。同じ町内には、家は無事だったものの、中の片付けに手が付けられず、ひんんじょの生活を続けている方もいらっしゃるとのこと。「危ない家は立ち入り禁止になっているのもある。町全体だと20家族くらいが避難所に行っていると思います。まだ片付けもできないんですね」とのお話。「この家は傷んでもいないし、なんだか周辺の人とは差がありすぎて申し訳ないくらいです。」
 
 
もともとM様のスウェーデンハウスは、東京のお住まいのご長男が、M様ご夫妻の引退後のために2年前に建てたもの。冬でも暖かく、雪にも強いからというのがその理由でした。「地震なんて、縁がないと思っていた」というのが、ご夫妻の率直なご感想です。「正直、地震のことは考えないで建てた。息子は、丈夫だし冬は暖かいからどうしてもスウェーデンハウスで建てたいって言ってまして。私たちは雪のことばかり気にしてたけど、今思うと、雪に強いだけじゃなかったねって話をしています」
 
建物の構造についても「建てるのを見ていてもしっかり作っていたから、これは大丈夫というのはわかっていた。これほどの地震は考えていなかったけど、基礎はものすごく鉄筋が入っていたから安心していましたね。こんなに基礎に手間をかけるところはない。地盤に1.5メートル位基礎が入っている。クラック(ひび割れ)も入っていませんでした。」とのこと。その後の余震は、スウェーデンハウスで体験されたM様。しかし「旧宅の方は、余震が来るとメリメリと音がする。こっちはメリッとも音がしないもんだから、やっぱり違う。壁が落ちるといったようなことがないのも全然違います」とお感じだそうです。地震の後、海外に赴任していた東京の息子さんに「建物そのものは全然大丈夫」とお伝えになったそうです。11月の5日に新潟にいらした息子さんのために、部屋の散乱状態はそのままにしていたそうで「びっくりしていた。地震の揺れは想像していたけど、家はもっと傷んでいるんじゃないかと思ってたらしい」
「とにかくすさまじかった。これだけの災害があったあとでも、こうしてスウェーデンハウスの中で普通の生活が出来ていることに感謝しています。この住まいがあって、本当に助かりました」とM様。ご夫妻は、ご長男の建てられたスウェーデンハウスが、快適なシェルターの役割を果たしてくれたことを誇ってくれました。今回の地震で、車の中の生活を余儀なくされ、お亡くなりになった方もいることを考えると、息子さんに命を救ってもらったようなものかもしれないとおっしゃっていました。
   
 
 
  地震が発生した時、I様のご主人は、長岡近辺を車で走っていらしたそうです。「最初はタイヤがパンクしたかと思って。路肩に寄せて車を止めたら揺れていました。新幹線の線路の近くにいたので、送電線がパチンと切れてしまったりするのを見ました。怖かったですね。」
途中の道がなくなっていたため、普段は家mでの数十分の道のりも、このときは2時間。なんとか家にたどり着くと、奥様とお子様は避難所に移動した後でした。「家族はもう避難していたんですが、その時は連絡もつかないし、どこにいるかわからなくて。電気が寸断されていて真っ暗ですから、自転車のライトだけを頼りに走って探しました」
最初の揺れのとき、奥様は家の中に。「突然、下から突き上げるような揺れがあって、それから横揺れ。1度目は食器なども無事だったんですが、2度目のゆれで家具が倒れたり、電子レンジが飛んだり、食器が割れたりしたものですから、室内の家具などでケガをしないようにとにかく外に出て、家の脇にある空き地にいました。上の子は4歳なんですが、寒さと怖さで震えていましたね」
揺れが続く中で、空き地に1時間。その後、実家のご家族と共に避難後に移動し、夜になってようやくご主人とも合流されました。翌日は、一度住まいに戻ったものの、様子を見てまた避難所へ。昼は家で後片付け、夜は避難所という生活がしばらく続きました。当初は車の中で寝泊りもされたそうです。やがて4日ほどしてから電気が復旧。寝るのは我が家、食べ物は避難所で調達という生活に移られました。
 
  I様ご家族が我が家での生活を再開された時、まだご近所には、車の中やガレージで寝起きしている方も。避難所で風邪が流行ったり、お子様のストレスが溜まっているのを感じたこともあって、家に戻る決断をされたそうです。「家に帰れたのは、スウェーデンハウスだったからだと思います。実家の方では、日々や陥没があったり、近所では基礎が壊れていたり、どうしていいかわからない感じでしたね」と奥様。夜、家の明かりがついているのを見たご近所の方から「もう家の中で寝ているの?」と言われたそうですが、この家は地震に対して安心感があって、大丈夫だろうと思ったそうです。
「荷物を片付けていて、いざというときの逃げ道だけは作っていましたが、家の中に居ても余震がおさまるまでは大丈夫だと思いました。地震の前と後で、ドアや窓が開けにくくなったようなこともありませんでしたね」と、地震をお持ちになったとのこと。しかもI様宅はオール電化住宅だったため、ご近所の方と比べ、ガスの復旧を待たずに比較的もとの生活に戻りやすかったとのお話でした。
 
 
もともと、暖かい家だからというのが主な理由で、お選びいただいたスウェーデンハウス。地震後、改めて耐震実験のビデオを請求されたそうです。「今になって思うと、自信に強いというのは本当に大事ですね。避難所でも我が家が倒れることはないだろうと信じていました」とご主人。 「もともと耐久性のことは考えていて、30年後にはもう1回建てなきゃいけないかなと思ったとき、長い目で考えたら安いと思ってスウェーデンハウスに決めました」I様ご家族は、偶然にも震災の2週間ほど前、地震対策のお話をされていたそうです。「今は、室内の家具の耐震補強などをやりたいと思っています」とご主人がおっしゃるように、立て直した食器棚は補強器具で固定されています。奥様は「間取りの上で、壁やドアの少ない広いスペースがあったので、家具が倒れるような時でも、安全な場所を言えの中に確保できていました。  
それに部屋が分かれていると、揺れがひどく真っ暗な中で、子供がどこにいるか探すだけでも大変だったと思います」と、当時を語ってくださいました。「できることなら、周辺の方たちの生活や建物も、地震の前に戻ってほしい」と、しみじみ話すI様のご主人。ごく普通の生活へと一歩一歩近づきつつあるI様宅の周辺市街には、まだまだ地震の爪痕が深く残っていました。
   
 
 
ご自宅で最初の地震を体験されたY様。「地鳴りのような音がして、それからすぐに建て揺れ、横揺れ。最初は何が起きたかよくわからない感じでした。音が聞こえて、あれっと思っているうちにすぐ揺れが来ました」スウェーデンハウスは、基礎が他に比べてしっかりしていのと、丈夫な木質パネル工法なので地震でも大丈夫と思ったそうですが、今回Y様がとても大切とお感じになったのが、地盤のことでした。「地盤調査のとき、ちょっと掘るだけで測定器が入らなくなるくらい固い地盤があったので、ここは大丈夫だと思っていました。土地、地盤については、できるだけ情報収集したほうがいいと思いますね。ちゃんと昔からいる人に話を聞いたり、きちんとした地盤調査をすることが家づくりではとても大切だと思います」  
地震対策をないがしろにするのは危険、とY様のご主人はおっしゃいます。「多分、日本全国、条件は同じなので、地震の対策はしっかりしておいたほうがいいですね。一瞬で命を落としたり、その後の補修とかを考えると、プランづくりのときから、あらかじめしっかり考えておいたほうがいいと思います」奥様も「東京からこちらに移って、地震なんか起こるはずがないという考えがありましたし...。どこいても安心できないというのを、今回の地震で思い知らされました」とのお話でした。
   
 
 
本震が起きたとき、ご主人は柏崎の会社に、奥様はお買い物先の駐車場にいらっしゃいました。先に帰った奥様が、余震の間を縫うように家に入り、懐中電灯や毛布、食糧を車に移したそうですが、「電気も消えた暗闇の中、目が慣れてくると、冷蔵庫が元の場所にあるのが見えました。柱とか壁にも傷みが見られなかった」とのこと。後から確認すると、このときの被害は、棚の小物や植物の鉢が落下した程度。周辺には婚礼タンスが倒れたり、壁が落ちたお宅もありましたが、この時"うちは大丈夫"とお感じになったそうです。「落ち着いてからご近所で"うちの被害は結構軽かったのよ"という話をしていたら、その方が自分の家の中を見せてくれたんです。我が家の壁は小さい割れも含め5〜6ヶ所程度だったので、比較したとたん話を合わせてしまいました(笑)」  
近隣では、玄関ドアにひびが入ったり、土台のコンクリートが割れてしまったお宅も。「ハウスメーカーが見に来て、コンクリートを直すのに何十万もかかるというのを聞きました。全部倒れてしまったりしたら、借金は残るし、家はどうしようかとか、どうしたらいいかわからなくなってしまいますね」とおっしゃるS様のご主人。「地震に強い家はやっぱり必要だと、今回改めて思いましたね」
       
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The Sweden House [号外]緊急速報 新潟中越地震緊急レポート より

 
 
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