家族で行った県下の温泉旅館で地震に遭い、ニュースで長岡に大きな被害が出ていることを 知りました。でも、わが家のことはまったく心配しませんでした。ダイワハウスは阪神・淡路大震災 のときも倒壊せず、地震に強いことを知っていたからです。 戻ってみると、思った通り家には被害がなくてキッチンボードの中のカップが少し欠けてたくらい。営業担当の青木さんから「ご無事ですか」と、すぐに電話があり、翌日お見舞いに来てくれました。後日、工事の方が点検にみえて、地震でずれたベランダの底板を直してくれました。とにかく早かったです。
ここはご近所同士仲がよくて、地震の後もみんなで食材を持ち寄って炊き出しをしたりしました。
色々なメーカーや工務店の家が建っていて、それぞれの会社の対応の話になると、電話をしないと点検に来てくれないところや、点検を断られたところもあったりで、ダイワハウスの対応がご近所の方からうらやましがられました。少し前、5歳になる娘がおばあちゃんに、「お誕生日おめでとう。お元気ですか。うちはダイワハウスだから 安心です」と手紙を書いてたんですよ(笑)。ダイワハウスにしてよかった、と家族みんなが心から思っています。
両親と長男と4人で夕食中に最初の地震が来て、瞬間、あたりが真っ暗になりました。 驚いて外に出ると、歩けないくらいの大きな余震が来ました。「これは現実?」と思いましたよ。 車のなかでラジオのニュースを聞きながら眠れぬ夜を過ごしていると、ダイワハウスの長谷川所長が 歩いてくるのが見えました。寸断された道路を縫って、歩いて飲料水や携帯カイロをもってきてくれたのです。
主人が避難所の陣頭指揮をしてずっと不在でしたから、頼もしく感じました。 2日間、夜は車中で過ごしましたが、消防団の人から「家にいたほうが安全。お宅が倒れるときは町は全滅だよ。」 といわれ家に戻りました。落ち着いて考えるとその通りですよね。
このあたりは長岡でも、とくにゆれの激しかったエリアで、全半壊の家が多く、道路も寸断されました。我が家でも 家電や家具が倒れましたが、家そのものはクロスが少しはがれ、サッシがずれた程度で、ほとんど被害はありませんでした。 ダイワハウスの家はこれで二軒目。住み替えに際して他のメーカーも考えたのですが、今回もダイワハウスにして本当に良かったと思っています。
買い物対委に地震が起きて、お店の棚に並んでいたものが一気に落ちてきました。次から次に大きな揺れが来て、立っていることができず、この世の終わりかと思ったほどでした。でも当時工事中だったこの家にはヒビ割れひとつ入っていませんでした。地震があったのは引渡しの1週間前。営業の露木さんの計らいで、地震の2日後に引っ越しをしました。強い余震が何度も起きていましたから、住んでいた木造の家よりも基礎や構造がしっかりしたこちらの方が安心でした。少々の地震にはびくともしない感じで、信頼感にあふれていました。新居が避難所代わりになったのです。
地震発生直後からライフラインが遮断されていましたが、このあたりはガスよりも電気の復旧が早く、4日後には通じました。 新居をオール電化にしたことで、いちはやく調理や入浴ができたのもラッキーでした。
大きな地震を経験して、「いつどこで地震が起きてもおかしくない」と実感しました。家の安全は買うことができますが かけがえのない命を買うことはできません。地震に強い家を建てることはとても大切なことだと思うのです。
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