森具地区におけるへーベルハウスの引渡し戸数は、震災後は震災前の約5倍にも増加しましたが、それはこの地区だけに限ったことではありません。たとえば、森具地区と同じように土地区画整理事業の対象となった神戸市灘区の「JR六甲道駅周辺地区」では5戸から45戸へ、9倍にも増加。また、重点復興地域に指定された兵庫区「浜山地区」では2戸から43戸へ、なんと20倍以上もの伸びを示しました。このように神戸・阪神間におけるへーベルハウスの目覚しい増加は、被災地の人々にいかにへーベルハウスが評価されたかを明確に物語っているといえるでしょう。   他の土地区画整理地区でのへーベルハウスの躍進は、森具地区と同様の現象が大きな要因となりました。神戸市灘区・東灘区・兵庫区・長田区・須磨区・芦屋市、西宮市、尼崎市、宝塚市―各激震被災地でも、多くの家屋が倒壊・焼失する中へーベルハウスはすべてほぼ無傷のまま残存し、耐震性・耐火性を無言でアピールしたのです。そして、土地区画整理事業や重点復興地域における家屋の再建事業が進むにつれ、時間をかけての検討という状況下にもかかわらず、契約件数を大幅に伸ばしていったのです。(図4)
さらに、それぞれの地区の周辺にもその波は拡大。へーベルハウスの強さが口から口へと伝わり、神戸・阪神地域全体でへーベルハウスへの指名が集中するようになりました。「もう二度とあんな悲惨な思いはしたくない」「建てるなら皆が選ぶ強い家を」。そんな切実な思いが、より確かな住まいを選択させているのです。(グラフ5)
   


 
 
■グラフ5 住まいづくりで重視した点(平成10年・11年度の神戸・阪神地域におけるへーベルハウス 契約者を対象に当社が実施したアンケートより) (回答者数342人・複数回答)
■図4 市別引渡し戸数の推移 (震災の前後5年間の合計) (平成11年通産省確認申請ベースより)
     
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  震災後、多くの方々がへーベルハウスで建て替えをされた森具地区。その中の一軒が松田さんのお宅です。お住まいが全壊し、遠方に仮住まいされた松田さんは、この地区で無傷で残った7棟のへーベルハウスのことをずいぶん後までご存知なかったのだとか。さて、震災によって突然家を失くされた松田さんにとって、新たな家づくりは降ってわいたような話。すべてが手探りの状態からのスタートでした。
そんな中で、松田さんがまず着手されたのが、基礎についてのリサーチ。「私の幼なじみで住宅関係の仕事をしている人から、倒壊した家の多くは基礎が原因だったと聞いたんです」。それからというもの、ご主人は建築現場を100箇所以上も見て回られ、自らの足と目で実際を確認されたのです。「業者によってずいぶんと違うものだと思いましたね。基礎は耐震性を大きく左右しますから、とにかくしっかりとした基礎工事をしてくれる業者を選ぼうと思いました」。
とこらが、住まいづくりを進めるにあたって、松田さんにプラン面で問題が発生。大きな壁に突き当たってしまったのです。「2台分の車庫が必要だったので、3階建てにしたかったんですが、どの業者からも敷地が狭いから不可能だと言われて…。とてもショックでした」と奥様。そんな時たまたま入ったへーベルハウスのモデルハウスで「どうせだめだろうと思いつつ話をしてみたところ、『それだけの広さがあれば十分ですよ』と言われたんです。それを聞いた時は本当に嬉しかった」と、ご主人はしみじみを語られました。念願の新居には、ご主人の夢だった屋上菜園が実現。ビアパーティーなども開いてフル活用されています。奥様は家事動線の良さや、光沢がひときわ美しいオーク材のフローリングがお気に入りのご様子です。強靭な基礎と構造、そして敷地を最大限に活用したプランにより、妥協することなく、思いどおりの住まいを実現された松田さん。「震災のショックからもすっかり立ち直り、今では心にゆとりができました」と語られた姿がとても印象的でした。
 
       
   
  「建てるなら、外壁は絶対にALCと考えていました」とおっしゃる梶原さんご夫妻。高性能ALCコンクリート・へーベルを使ったへーベルハウスを選ばれたのは、そんなこだわりがあったからです。
「震災直後、火災が起こって、あっという間にこのあたり一面が火に包まれました。ところが、うちはALCだったので、なかなか煙が上がらなかったんですよ」とご主人。当時、梶原さんのお住まいは知り合いの工務店でたてられた重量鉄骨ALCで、不幸にも火災時の猛烈な熱で窓枠が溶け、そこから火が入って全焼してしまいましたが、ALCの耐火性を図らずも目にし驚嘆されたそうです。自治会の消防団員であったご主人は、震災後、人命救助や消火活動に力を尽くされましたが、その時つくづく火災の悲惨さを痛感され、ALCへの思いをさらに強められたのだそうです。
そんな経験から、ご夫妻は、ご自宅の建替えにあたりALCを前提に、より高度な耐火性を有する住まいをお考えになったのでした。そして、展示場でモデルハウスをご覧になり、五感で確かめながら検討された結果、へーベルハウスに決定。「他の業者で建てた友人の話を聞いたり、実際に見たりしたんですが、耐火性はもちろん、夏涼しく冬暖かいという快適性でもへーベルハウスが一番だと感じたんです。それも住まい選びの大きなポイントになりました」とお二人。
お住まいは酒販店との店舗併用住宅。生活の場であり、仕事場でもある新居に求められたのは、耐火性を含めた『安心』だったそうです。奥様は「50年もの定期点検システムがあるのも安心ですし、親身にアドバイスをしてくださる姿勢そのものが安心感につながりましたね」と語られました。お仕事に打ち込まれるご夫婦の生き生きとした笑顔からは、そんな安らかな暮らしぶりがうかがえます。
   
       
   
  震災のとき、自宅が倒壊し、ご家族全員が瓦礫の下に埋もれてしまうという大変な経験をされた岩田さんご一家。幸い自力で脱出することができ自無きを得たものの、震災から数時間後には付近に火災が発生し、すべてを焼失されました。そんな震災のショックはいつまでも消えず、長い間ご家族の心が休まることはなかったとか。「特に子どもたちは敏感で、ちょっとした地震や台風でも脅えていました」と奥様。震災によって、大切な物だけでなく希望までも失いかけた岩田さんご一家にとって、住まいの再建はご家族の将来を託す重大な意味をもつものとなりました。
住まいづくりの基本にされたのは、やはり耐震性と耐火性。奥様のお父様が建設関係の仕事をされており、さまざまなデータを集めて検討結果、へーベルハウスに太鼓判を押されたのだそうです。
「その他に決め手になったのは、理想がどこまでかなえられるかという点。どうしても10〜20人は集まれる広いリビングが欲しかったんですが、他社には『できない』と断られたり、部屋のまん中に柱が必要だと言われたり。へーベルハウスだけが『任せてください』と胸を張ってくれたんですよ」とご主人。広々空間を得意とする独自のハイパーフレーム構造が、ご夫婦のご要望にぴったりだったわけです。以来、ご夫婦とへーベルハウスとのチームワークができあがったのだとか。「私たちもスタッフの方も自由に意見や提案を出し合って、みんなで家づくりを楽しんでいるような感覚でしたね」。
完成した岩田さんのお住まいには、プラン・インテリア・デザインすべてにご夫妻のこだわりと、将来への展望がうかがえます。「長く快適に住める家だからこそ、希望がもてましたし、先のことを考えた家づくりができたのだと思います」と、お二人はご満足な様子です。
   
       
  旭化成ホームズ株式会社 「地震に克つ家。」より
 
 
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